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2007年12月28日

紅茶の秘密

紅茶を買いました。

事務所に置いておくと、フランス語がラベルに書かれている
だけなので、値段とか、どれだけ貴重かを気にされる事もなく
入れたり、使ったりという事があるようです。
最近では客が“自分の紅茶はどのランクだろうか”という事も
気にし始めてるようで「g、おいくらのですか?」と無作法な
事を尋ねる始末。
あ~、ブログに書かなきゃよかった。

そして今日、また紅茶を買う時に一工夫。
読めないフランス語のそばに単価を書き入れてもらいました。
これで、よもや格付けを間違える事はなし。
よろしくね、テル君。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月27日

お疲れ様会

いつもケイタイ電話やパソコンのサイトで頑張ってくれている
会社の、チッヒー担当の人々を招いてお疲れ様会をしました。

11人分の食事を作るのですが、やはり事務所を移転して
正解
でした。

若い子が多いのでリクエストにお答えしてお肉を焼く事に
なりましたが、巨大なお肉はホテルの仕入れの様で、思わず
何か比べる物と一緒に写真を撮る事に。浅田飴のカンと
正露丸のビンをなぜか横に置いてパシャッ。


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しかし本当にこんなに必要だったのかどうか?

余分な所を少し落として持ってくるはずだったのですが、
本当に少し落としてるのかちょっとギモンですけど・・・。
でも足りなくて皆に寂しい思いをさせるよりもマシなので
いいという事にします。

さて、これを切って焼くのが大変で、程よい厚さで切り
フライパンに乗せようと思っても、さらに半分にしなければ
焼けない状態
で、結局またドイツの優れモノ、本来は
蒸し器である道具で焼きました。


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料理をしていると、だんだん食べたような脂のしつこさに
気分も悪くなり、全て焼いた時は、もう半分意識も薄れた有様。
数キレつまんで終わりです。

さらに、30を越えた人達は脂っこさが恐いらしく、チッヒーの
予想に反して少ししか食せず。
“どうして脂の少ない赤身の安っぽいところを
用意しなかったのだろう”
と悔やみました。
でも、赤身があった所できっと焼くのはチッヒー。
やはり食べる事は難しかったでしょう。
焼かずに残しておいた肉は、それぞれ持って帰って頂きました。

30過ぎの人からのボヤキ「後、10歳若かったら・・・」
そして来年は魚も用意しようという反省でお開き。
本当にお疲れ様会でした。


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Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月25日

年末の憂鬱

年末は何かと忙しくなります。“どうしてこんなに”
思うのですが、未だにその理由が良く分かりません。

チッヒーは他の人の事もしっかりと考えて、原稿は早めに、
1ヶ月位前に全部書き上げて、次の人が仕事をしやすいように
しています。なのに詰まったり流れがおかしくなったりと、
年末は変なスケジュールになるのです。
12月は外食やらパーティーが多いので、前もって遊ぶ時は
しっかり遊べる様にしている筈なのですが、どうにもこうにも
無理な事を云って仕事を捻じ込む乱暴な人も居るのです。

毎年12月15日は大事な先輩(う~ん、ほとんど兄弟の様な
、一族の様な人)のバースディがあり、ケーキは毎年チッヒーの
担当で、巨大なものをオークラに発注するとかデザインを
するとか、この日の前は準備とかでかなりのエネルギーを
使うというのに、あまり人々から理解を得られてない気が
するのは少々残念な事です。

12月は末の末まで忙しいのです。

特に31日はお節の重箱が届いたりとこれまた大変な事で、
はっきり言ってしまえば、12月は大事な1年の締めがあるので
出来れば静かにして欲しいものなのです。
自分主体でやりたい事だってあるものなのです。

12月は、15日とお節が届く日以外は
静かにしていたいのです。

寒いし、外に下手に出るとカゼをひくし、“自分のためだけに
使う時間を増やして行きたいな~”
と最近思うのです。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月21日

礼節を守ると紅茶が美味しい

マロングラッセが美味しいのです。コーヒーでも紅茶でも良し。
今日は12月7日で、これから年末にかけて仕事やら用事やらが
沢山あり、カゼをひいて倒れるわけにはいかないので、ハマキは
ちょっとお休みしてます。
昔だったら平気でバンバカ吸ってたのでしょうけど、何せ
チッヒーも体が弱りつつありますので、無理をしてあの世に
持って行かれる事はやらない様に気をつけてます。

外にも本当はあまり出たくないんですよね~、
デパ地下の買い物以外は・・・。
で、コーヒー・ハマキ・チョコではなく紅茶とマロングラッセ
伽羅。やはり煙が無いと少し淋しいのでしょうか?
紅茶だけでもゼイタクだと云われてるのにマロングラッセと
伽羅まで。

そういえば、モデルのSとかYとかがミラノにコレクションで
行った時、コーバのマロングラッセを頼んでおいていて、
“買った”という事と“日本に帰って来た”という事までは
確実に分かっていたのに、手元にコーバのマロングラッセが
無かった悲しい事件を思い出してしまいました。
何と、本人が食べてしまったそうです。
結構傷付きやすいんだよね~。
それが証拠に未だに憶えてるもん。

逢う度に言っちゃおうかな~「マロングラッセ~」

そう、思えば口だけの人って結構多いかも。
チッヒーはとにかく自分の身内に対して「する」と云った事は
絶対守り実行する
ようにしてますが、世の中都合の良い事を
その場しのぎに言って平気で居られる者も多く、損得ばかり先に
考えて、心というものが伴わない
のが実に多くなった気がします。
してもらえる事は当然の事。でも、自分がそれに対して礼儀やら
心やらで答えるという事が実に少なくなりました。

実に卑しい事です。
もらえる物はいくらでももらう。そしてその後、自分が損をしたり
負担になる事は一切しない。
そんなのが本当に増えてます。
例えば手紙。
礼状の1つでも出すという事ですが、もしそれが出来ないなら
電話ででも良いでしょう。
これ位の事が自分自身で誰からの助けも無く出来ずして、
一体どの様にして人と関わり続けられるのでしょう。

また教育だってしなくてはいけない筈です。
そんなこんなを憂いつつ、事務所で紅茶を頂きながら様々な事を
考えるのでございます。

嫌な思いをする事もさせられる事も無く、毎日平和にこの先々
楽しく暮らしていくためには、どうやらこの日本では孤独が1番
という事かも
知れませんね。
本当、世も末だと思います。
大切なものって絶対不変だと思いますが、今日の人達には
どうでも良くなってるんでしょうね。

これからは、関わらない精神の沈美沈黙が主流になりそうです。
あら、また何を書いてんでしょう。
マロングラッセは美味しく、約束や礼儀はしっかりと
そういう事です。

Posted by 石田千尋 指南の言葉 |

2007年12月20日

嫌な事ってついつい思い出すんです。

ペンを見に行きました。色々あって目が疲れました。
なぜペンを見に行ったかというと、
「今使っているペンを、3年だか5年だかで使い切って欲しい」
と税理士の仕事をしている人から言われたからです。
「償却をしなくてはいけないので使い切って下さい」
と云われて困ってます。だってさ、
「ず~っと使い続ける事が前提での万年筆じゃないのくわい?」
という事なんですよ。

でも、見ていると
「あっ、これもいいな」
「あれもいいな」
「きっと、すらすら書けるんだろうな~」
「仕事がはかどるんだろうな~」と思い、
眺める事3時間。すっかり足も痛くなり、目も疲れ、
何もする気がなくなって、デパ地下でエサを買って帰りました。
本当は“気に入ったのをサクッと買って、そのまま原稿”という
予定だったのですが、本当に眺めているだけで疲れてしまう
ものなのです。

気になっているには蒔絵の万年筆。でもね~、気に入った絵柄が
無いのです。チッヒーは、自分の手元に金銀の蒔絵の物が
あるので、ちょっと目が肥えてます。
愛用している笙(しょう)の金蒔絵や太刀の沃懸地(いかけじ)を見ていると、
さらには香の道具等と比べると、
「もっとこうだったらいいのに~」とか、
「あ~だったらよいのにな~」とかで、
分かりやすく言うと帯に短し、たすきに長しという所なのです。
百萬を超える値の品もありましたが、今ひとつ心を打つ所が・・。

やはり、蒔絵という物自体が描かれる所を選ぶもの
なのでしょうか?

西洋から入って来たものに、蒔絵をして成功してる物も
あるのでしょうが、ペンだと局面が多くて小さいから、
難しいのかも知れませんね。
という事で、やはり銀のボディの太めの万年筆をまた
選んでしまいそう
です。
しかしこんな事ず~っとやってたら、そのうちに万年筆、何本に
なっちゃうんだろう?
人にもあげられないのね。ネームが
入ってるから。それに、ペン先にチッヒーの書く癖やら筆圧が
加わってるので、修理だって必要でしょう。
やはり、自分だけの持ち物なのですよ。

よく、人の物を「見せて」とか、「貸して」とか言う下品なのが
居るけど、チッヒーはあ~いうの大キライです。
人の持ち物に対して興味を持って「見せて」言うのは、相手に
「クレヨ~」と云ってるのと同じ。
たま~に、ライターで嫌な思いをする事も。
100円ライターしか使った事の無い奴が、急にチッヒーの
ライターを無作法にも勝手に手に取り、火を点けるローラーを
逆に回したりとか、本当にやめて欲しいという事も。
シガーを入れてるケース等も勝手に触ったり。
人の持ち物をどうして勝手に触れるのか、その神経が
わからんのですね。

後は葉巻を吸ってると、吸った事も無いのに「1本くれ」という
バカ。欲しけりゃ自分で買うとか、解らなかったら自分で
勉強するとか、お金を使って店の人に聴くとかするべきなのです。
いちいち葉巻の説明をしていては、ゆっくり吸えないものです。

何につけてもそう。興味を持ったら自分で学ぶ事。そして、
本当に知識として身についた時に、きっかけとなった人の所で、
ハイレベルな話をすりゃいいんです。
ちょっと聞いた、かじっただけで分かるほど世の中簡単には
出来とりません。

本やテレビやネットで情報は確実に手元にやって来ます。
でも、本当にお金を使って体験、経験を積む。
その積み重ねが大切なのですよ。
しかしペンの世界も奥が深そうなので、欲しい物が決まるまで、
水鳥の羽根に切り込みを入れる事にします。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月18日

ブリブリウォッシュは食べ物れす。

最近気に入っている物は、ブリウォッシュ
玉子バターと、クリームも入ってるのかな?
そんな、ゴーカでゼイタクなパンです。
しかもホテル○ークラの巨大ブリウォッシュは、とっても
ふわ~~~~~~っと軟らかくて、巨大なのにもかかわらず、
ついついパクパクやってしまいます。

古い時代の食卓では、クロワッサンブリウォッシュが並んで
出される食事会はとってもゴーカ版で、出されるパンの種類で、
客は食事会の値踏みを秘かにしたそう
です。
さてさてチッヒーの所ではというと、いつものように賄いで
頂くのですが、今回はイベリコ豚のソテーと一緒に
ブリブリウォッシュを頂きました。ブリブリ
そうです。我事務所、及びホテル○ークラにおいては、
ブリブリウォッシュと呼んで居るのです。

さらに今度は、このブリブリウォッシュに色んな種類のジャム
塗りつけて、100g、9000円のお紅茶で試してみたいと
思うのれす。
多分、スコーン紅茶を飲むより美味しいはずれす。

あっ、今からウン十年前、大阪の小さなフランス料理の店
ヴィストロダァンジュで、ブリウォッシュの中にフォアグラ
入れて、貴腐ワインを染み込ませた料理を食べたっけ。
まだ、記憶に残ってるという事ですね。
久しぶりに行ってみようかな~。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月17日

来年の倖せ計画 その1

事務所の住所が変更になってからというもの、平和な日々が
続いている気がします。今日も葉巻が美味しいのです。
原稿はとにかく一生懸命書いてます。これはホントに。
締め切り1ヶ月前には終わらせるようにしてるのです。
だってさっ、有効に時間を使いたいでしょう?ブログのネタを
作る為にも散歩、買い物、料理もしなくちゃいけないし、毎日。
よく考えてみると、大変な忙しさだったりするのでございます。

たまに事務所で食事とかするのですけど、何だか最近
馬鹿馬鹿しくなって来ました。

その時だけで、後はな~んも連絡が無いのも居たりと
“来年はもっと人数も回数もしっかりと考えよ~かな”
思うようになりました。人から何かしてもらう時ばかりや、
得する事ばっかり考えてるのも居ます。
もうそういうのは片っ端からズバッバサッとやっちまって、
スッキリさせようと思ってます。何か嫌なんですよ。
そういう奴らが良いとこ取り、良い時取りで、平素は不義理で、
おいしい時だけという奴らは。
最近の「独りが大好きよ」発言も、きっとこんな所からも
影響が出ていると思います。
チッヒーは裏切られるのが嫌なので、恥知らずなのは
もう疎遠にして行こうと今決めました。
そうです。人は老いてきます。
まず人が多過ぎると覚えらんとですね。
そして一杯過ぎると大変です。

やはり、“害の無い人”というのは居るものなのでしょう。
すごい言葉が日本にはあったものです。
無害な人としかお付き合いが出来なくなるのです。
では何を持って無害とするか。
第1、チッヒーの毎日の平和を乱さない立ち振る舞いが出来る。
第2、チッヒーを怒らせない事。
第3、チッヒーに対してウソを吐いたり裏切ったりしない。
そんな、ごく簡単な事も出来ない奴が結構多かったりするもの
ですけど、特に来年からはこの点に注意を祓って
“余生を楽しく過ごせるように、人に頼る事なく自分で
出来る事から始めよう”
と思っております。
やはりスッキリとさせた方が良い事は、早めにスッキリさせるべき
なのです。

楽しい人生の基本は、無害な人との協同作業からだと思います。
馴れ合いやズルズルが嫌な時間を作るのです。
「人間関係をスッキリさせる。ここから始めます」と言うと、
「冷たい」と言う人も居るでしょうが、やっぱり自分自身の
二度と無い、たった一度の人生なのですよ。
当然の権利とも言える訳です。
まずもって、益するか益しないかで人を判断する人間が
居るのです。居るからこそ苦しむ者も居るのです。
色々な考え方の中の1つで良いと思うのです。
こういうやり方でしか我が身の平和を得る事が出来ない人も、
世の中には1人のみならず居るものです。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月14日

妄想バカ女は死ね!!

嫌な事はやっぱりやりたくないものです。

“時間を掛けてゆっくりと個人鑑定を再会しようかな”
思うと、わがまま放題な人から電話があったり・・・。
すると、もうイライラしてしまうのです。

また、変なFAXを流すバカ女も居ますし。
本当に恥ずかしくないんでしょうかね~。
チッヒーも含め、世の中の誰からもまともな扱いを
受けないんじゃないでしょうか?
恥を知って欲しいものですが、この手合いのは恥知らずだと
思うので、一生恥と思う事はないのでしょう。
心の醜い人々です。
でも、絶対に優しくはしません。
だってキライだし、キモイもん。

よって、まだしばらくの間、個人鑑定は遠のきました。
“今度、バカなFAXや、手紙、電話をしてくる連中の記録を
実名入りで公表しちゃおう
かしら”と思ってます。
どれだけチッヒーがウザイと思ってるか知るべきです。
そう、せっかく全ての記録が残ってるので、しっかりと
公表しようと思います。
だって、こんなバカ等のせいで残りの大多数が
メイワクしてるんだ
から。

そういえば昔、山ノ上ホテルの近くの大学で実名を公表されて、
「学校に来ちゃダメ~」って書かれてた人がいたっけ。
“やっぱ、やる時はやるもんですね~”と感心したものです。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月13日

時間の使い方

最近特に思う事は“自分の為だけに使う時間を増やしたいな”
思います。また1人が大好き病が始まったのかも知れません。
きっかけは、嫌な思いをし過ぎたからかも知れません。

チッヒーは「人なんて、死んだらそれで終いなのさっ!!」
よく書いたり、言ったりしています。
そんな事の延長線上の事かも知れません。
たま~に思うのですけど、ある日突然誰かが死んでも世の中は
勝手に進んで行きます。沢山の涙がその時に流されても、
本当に身内とか、最も近い人以外にとってはどうでも良い事
なのですよ。
同じ様に日はまた昇りを繰り返すのです。

死してなほ、人の心に生き続ける人も居ます。
例えば歌手の尾崎氏。また“何かのきっかけや商売に
利用されて思い出される”という事もあるでしょう。
しかしある人がある日死ぬという事は、そこで終わりなのです。
空しいけれど、その死に対して全ての人々が毎日
忘れる事もなく涙を流すという事もあり得ないのです。
そう、つまり、皆、自分が大事。
自分の家族が大事。
自分の愛する人が大事。

そういう事なのです。
中には、本当にずっ~と毎日思い出してくれる人も
居るでしょうが、皆、自分の人生を生きてるのです。

さて、何故チッヒーがこんな事を書くのかというと、
“限られた自分の一生を、他人の暇潰しに使われたくないから”
という事ですよ。
“自分にとって大切な自分自身の時間を減らす様な生き方を、
あまりしたくないな”
という考えが強くなりました。
仕事の上で皆と充分に渡り合ってたら、もうプライベートの所では
一線を引いた方が良さそうな気が、最近して来たのですね。
自分には自分の生活のリズムやパターンがあります。
そこに影響の出る事は、はっきり言って避けたいのです。

チッヒーがずっ~と一緒に遊んでる赤坂のあるグループが
ありますが、そこは本当に疲れないのです。
お互いの無理をしっかりと感じ取って、楽しいうちに終わる。
何かありそうな時には連絡もせず放っとく。
また連絡があれば取り合う。

そんなビミョ~な空気感、距離感が、誰が言う事なく、
仕切る事なく、ずっ~と続いてる
のです。

たゆたう様に世の中に身を置く事を考えれば、人と接する事は
避けられません。
でも“その中で上手に嫌な思いをする事なく”というのは
大変な事でもあります。
皆にとって楽しい事が、ある人にも同様に楽しいとは
限らない
ものなのです。

何かまた、部屋に閉じこもって、自分の1番気に入った事に
時間を掛けそうな気がして来ました。
ここ最近“上等な、上質な時間の過ごし方”というものが、
気になって仕方ない
のです。
やっぱり独りで居る方が向いてそうです。

Posted by 石田千尋 指南の言葉 |

2007年12月11日

ブログ反省会議報告書

さて、今年もたくさん書きました。面白い事やまじめな事。
皆の役に立つブログを志にしていたのに、いつのまにか
変な方向に行ってる事が少なからずあったようです。

そこでテル君と反省会議を致しました。本当に役に立つブログを
チッヒーは書いたか、書いているのか、書けないのかと・・・。
反省する中で「今年特に読み物としてヒドかったものは?」
テル君に尋ねると、新年そうそう4回にわたって長大作を
世に発表した、
あのライスボールニュースだったようです。

そこで振り返って読むと、まあヒドイ。
正月だという心の快楽も手伝ってか、ペンが走った走った。
パク森に似た人の話とか、席が無いとかヒドイもので、肝心の
アメリカンフットボールに触れたところは皆無に等しく、何と
最後の最後にこんな事まで。
「チッヒーにスポーツの事を書かせて、まともに伝わる事を
願う方がそもそも間違いだ」
のような事を書いてるんですね~。
書いた覚えはないんですけど・・・、やっぱり書いてました。
もっとわかりやすいルールのものなら書けそうな気が
しますけど・・・。
多分、正月という気分が私の文才に悪戯を仕掛けたのでしょう。
しかしヒドかった。
ライスボールのポスターに、ライス国務長官の小さな顔写真を
いっぱい使って作れ
とか・・・。

まっ、来年からは変化すると思います。
だって大人ですから。
それにデジカメで撮った写真も使えるので、きっと今までにない
ジャーナリズム精神に火がついたようなステキなブログに
様変わりです。

しかし“なぜこのブログが出版されないのか?”とずーっと
悩んでたけど、多分、反省点が多い事が原因なのでしょう。
しかし、本は別な形で出版されるのですね~。
マガジンハウスから。

もう原稿は全て書いたから、後は出版されて書店に並ぶだけ。
フフフ。
買わないと不倖になる・・・。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月10日

変わらぬもの

体の調子もすっかり良くなってまして、野菜もたくさん
食べるようになりました。

これも“スーツを長く着れるように”と、とっても簡単な
発想からだったのですが、まあ最近は体の軽いこと軽いこと。
以前と違って動くこと動くこと。
”これで12月に食事会があろうが平気”という心の保障も
得る事ができました。

なんせスーツが勝手に小さくなった頃は、いろんな食べ物やら
ケーキの類を欲しいままに頂いてたのに、逃げられない現実に
向き合うと、人はこうも変わるものでしょうか。
10月は外食をしなかったのです。
しかも事務所から、常に置いていたおやつが消えておりました。

つい先日、前から約束していたテル君のスーツを1つ作りに
行きました。
どれを選ぶかと思ったら、黒の小さな紋様の入った
ちょっと大人な感じの布。裏地は赤を選んでました。
似てしまうんですね、近くにいると・・・。

チッヒーは、まだダイエットの成果に自信が持てなかったので、
今回は作らないと云ってたのですが、以前注文してた時の
ウエストサイズになっていた
事を知るや、「きっとこのまま
ダイエットしてたら、仮縫いや出来上がりの頃には、何の
不安もなくなるだろう」
と予想を立てて、その3日後に発注。
そう、年末の食事会やらで、前と同じ物を着るという事が
ちょっとできないんですね。招いて下さった方にも失礼に
当たるし。

でも、前のスーツをもう1度着るためにダイエットをしたのに、
結局また1つ安心して作っちゃったという事です。
人間体型は変わっても、中身までは変わらないようです。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月 7日

そんなに甘くはない

12月が近くなると、何だかソワソワしてきます。ケーキの
発注をする事で頭が一杯になるのです。

大事な大先輩のために、毎年巨大なケーキをデザインして
発注し納入されるまで、手落ちや抜かりがないかでちょっとだけ
ピリピリします。
でも考えるのはとっても楽しく、毎回のテーマに則って、
会場の大きさやら何人来るかで、その形やケーキの種類やら
味付けも全部考え、ホテル○ークラのパティシエシェフ会議を
数回します。

デザインスケッチを見せながらあ~だこ~だとやるのも
大分慣れてきて、作り手も毎年楽しみにしてくれているようです。

2m近い高さのクロカンブッシュ(小さなシュークリームを
アメで固めて積み上げるもの)も作りました。
よくまあできたものだと思います。
イタリアから来ていたファッションデザイナーも大喜びでした。
さすがホテル○ークラ。

大きなケーキは重みがあるので“全て食べる事を目的に作る”
というのは大変な技術がいるのです。しかも、シューの中身は
バタークリームです。今じゃちょっと珍しいかな?
でも、お客のほとんどがおばさまおじさまなので、懐かしさが
先に立つらしく、大好評なのです。

世の中には凄い人がいるもので、パリのオペラ座が焼け落ちた時に
ポケットマネーで数億円を寄贈し、フランスから文化勲章を頂いた
私の大先輩。
相応しいお誕生日を祝うために、もう8年近く続けているので
パーティーに来られる方々もケーキを楽しみにして下さっていて
手を抜いたり、笑われる事などは
絶対に許されないのです。

実に甘くない毎年の行事となりました。
“これが来ないと1年が終わらない”というくらいです。

さて、デザインも仕上がったので会議に行く事とします。
今年はしゃぶしゃぶ屋でケーキを置くという事なので、
湿気に強い、横に長く伸びた、巨大なものになりそうです。

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |

2007年12月 6日

自営官かっ?

この国の国防は本当に大丈夫かしら。
“軍人さんが利益に心を動かされる”など、あってはならん
お話だと思います。

よく、このブログにマキャベリの話を書いてると思いますが、
古代ギリシャの軍人達は“営を得る事を卑しい事だ”という
教育がされていたそうです。
それよりも自分に与えられた職務に忠実であり、その仕事に
おいて名声を得る事で、全てが保障されていた
ようです。
だから戦争して勝っても、金銀財宝の分捕りという略奪は
禁止されていたというぐらいです。
実際どこまで守られてたかは知りませんが、そんな事が
書かれていましたっけ。

そんなに儲けたかったら、国家公務員を辞めて、
1円から領収証のいる自営手段をやりゃいいのに・・・、

それをしないんですね。
このまんまだと自衛隊もいつしか、自営隊になっちゃうかもね。

命を代償に働いていて全てが保障されてるんだから、そんなに
私財の増殖に拘るような小さいところを見せないでほしいな!

Posted by 石田千尋 指南の言葉 |

2007年12月 4日

薬害患者を考える

人の命の何と軽々しく扱われる事と嘆きます。
殺人事件もそうですが、“扱われる”というところに
注意をして頂きたいのです。

国や会社が問題を隠して謝りもせず、苦悩を強いられながら
生きる人々の多さ。またその人達は、生きるために無理をして
働き、裏切り者の温床に血税を渡す。

役人どもの食らう飯は、その人達の恨みや呪いの血で
朱に染まっているという事ですよ。平気な顔で生活できる役人は、
先ず“この国の憲法に反している”とチッヒーは思います。

人は、その不倖が我が身に起こらなければ、真の苦痛は
わかりません。
チッヒーも多分、苦痛と闘いながら生活している
人の心中は、計り知る事も、理解する事もできません。

ただ一言申し上げられる事は役人どもと違い、
“無関心ではない”という事です。

何もしてあげられません。
でも、応援はできます。
忘れられないように、書く事しかできません。

Posted by 石田千尋 指南の言葉 |

2007年12月 3日

外はキケン

寒くなると、外に出るのが嫌になります。
若い子達とは違って、体力の限界を感じると、
どういう事をすると、言い換えればどう行動するかという事が、
あの世へ導かれる結果になるかを知ってしまった
のですね~。
だから、いくらオシャレができるからといって、
外に出るという事もあまりしなくなりました。
今じゃ、必要な時には家です。

んで、何をしているかというと、まず、お気に入りの香炉に
炭を入れ、伽羅木を楽しんで、太刀を出したり、短刀を
出したりして鑑賞する。

光源に当てて、波紋を眺めて味わうのです。
太刀は、平安時代の名工の作。
後は、鎌倉初期の後鳥羽院の御番鍛冶といって、おかかえの
刀工の物が二振りと、短刀が一口、それを取っ替え引っ替え
眺めてます。
友人が居ないんですね。
きっと、ずっ~と眺めていても、飽きる事もないという事は、
多分、本当に心の底から大事にしている世界なのだと思います。

前は“沢山所有したい”とか、
“いずれ重要文化財を買ってみたい”とか思いましたが、
死んで持っていけるわけでもないし、まして、何十振りと
所有したところで、管理も大変だし、丁度良いところで
止めにしないと、必ずや嫌な思いをしてしまうものです。
例えば、コレクターとして名が通ると、商売をしようと思う人が
あれやこれやとして嫌な思いをさせる。
そんな事で止めた愛好家を数人知っておりますので、丁度
良いところ、ほどほどのところで止めておくのが1番なのです。
絵でも書でも、焼き物でもそう。
世の中にある物の中で超一流と云われてる品は、
国宝が重要文化財の指定を受けてます。
まして掘り出し物なんて、よほどじゃないと出て来ないんだし、
大抵偽物を流通させて知らん顔の人だって多いんですから。
また、偽物と思われてた物が、後で本物という事だってあります。

では、なぜ、偽物、本物なのでしょうか。
物そのもの自体そこにある事は一緒です。
そこに、利益、付加価値が人によって発生するからです。
チッヒーも以前、持っていた太刀を処分する時に、
買い取る段になって、今まで褒めていたのに難癖を
付ける人がいて、嫌になりました。
所詮、そんなものなのですよ。
お宝ブーム、掘り出し物ブームがまだ続いてるようですけど、
チッヒーにとっては興味のない世界なんです。
刀の世界にも同好会のようなものがあるらしいのですが、
誘われても行く気がしないのです。
多分、「あれも知ってる」
「これも知ってる」
「あれはいくらだ」
と、
自慢話のつまんない連中ばかりだと思うのです。
多分、そのようなところでは自分自身の感性は発芽しないと
思うし、自分で知り、学ぶという事をしなければ、例え、
手に取って名品を鑑賞する機会があっても、その名前に
手が震えて、見るべきところが見えない。
見きれないという事だって起こると思うのです。
自分にとって何が合っているかという事は、
人が決めるものではありませんから。
自分で見つけ、知っていけば良いのです。

先程、本物、偽物の話をしました。
本物、偽物の収集家だっているわけですよ。
物そのものの良さではなく、
「これはお金になる」とか、
「これは有名作家のものだから」
そして、「数多く持っていないと・・・」
こんなのは偽者のコレクターでしょう。
自分の信じたものにとことんこだわって、数が少ないけど、
誰のかわからんけど。
そして、家族に迷惑を掛けないのが
本物のコレクターだと思います。
最近じゃ、本物より高い偽物、ガラクタやらショーケースの方が
高い品物までとデタラメですから、そこそこのところで止める心を
しっかりと持って欲しいもんですよ。
死んで持ってけるわけじゃないんだしね。

“あ~、それにしても、本当、友人がいないのね~”って
また思われそうなブログでした。
でも、いいんです。
1人の時の方が、色んな事を考えられるので。
でも、たまには外で運動とかした方がいいのかね~。
アウトドア的な事って、誘われた事ないんだよな~。
目の前でバーベキューやキャンプの話やら、海の話(計画)を
聴かされてて、誘われた事がない。
その理由は「海が似合わないから」
「山が似合わないので」
等々、このまま一生アウトドアとは似合わない事を理由に
縁がなさそうだし、家に籠ってジジイのように刀を見て
過ごしたいと思います。あの世に行くまで・・・。
でも、見る人によっては、チッヒーの行動、家の中、キケンと
映るんでしょうね。

おまけ
(最後に、超本物コレクターのお話をしなければなりません。
失われゆく人類の文化遺産に対して、あらゆる分野において
私財を投じて博物館を作り、その保護と保存に力を注ぐのが
1番カッコイイコレクターかな。だって、私有せずに
一般公開するでしょう。)

Posted by 石田千尋 日々徒然の言葉 |