寒くなると、外に出るのが嫌になります。
若い子達とは違って、体力の限界を感じると、
どういう事をすると、言い換えればどう行動するかという事が、
あの世へ導かれる結果になるかを知ってしまったのですね~。
だから、いくらオシャレができるからといって、
外に出るという事もあまりしなくなりました。
今じゃ、必要な時には家です。
んで、何をしているかというと、まず、お気に入りの香炉に
炭を入れ、伽羅木を楽しんで、太刀を出したり、短刀を
出したりして鑑賞する。
光源に当てて、波紋を眺めて味わうのです。
太刀は、平安時代の名工の作。
後は、鎌倉初期の後鳥羽院の御番鍛冶といって、おかかえの
刀工の物が二振りと、短刀が一口、それを取っ替え引っ替え
眺めてます。
友人が居ないんですね。
きっと、ずっ~と眺めていても、飽きる事もないという事は、
多分、本当に心の底から大事にしている世界なのだと思います。
前は“沢山所有したい”とか、
“いずれ重要文化財を買ってみたい”とか思いましたが、
死んで持っていけるわけでもないし、まして、何十振りと
所有したところで、管理も大変だし、丁度良いところで
止めにしないと、必ずや嫌な思いをしてしまうものです。
例えば、コレクターとして名が通ると、商売をしようと思う人が
あれやこれやとして嫌な思いをさせる。
そんな事で止めた愛好家を数人知っておりますので、丁度
良いところ、ほどほどのところで止めておくのが1番なのです。
絵でも書でも、焼き物でもそう。
世の中にある物の中で超一流と云われてる品は、
国宝が重要文化財の指定を受けてます。
まして掘り出し物なんて、よほどじゃないと出て来ないんだし、
大抵偽物を流通させて知らん顔の人だって多いんですから。
また、偽物と思われてた物が、後で本物という事だってあります。
では、なぜ、偽物、本物なのでしょうか。
物そのもの自体そこにある事は一緒です。
そこに、利益、付加価値が人によって発生するからです。
チッヒーも以前、持っていた太刀を処分する時に、
買い取る段になって、今まで褒めていたのに難癖を
付ける人がいて、嫌になりました。
所詮、そんなものなのですよ。
お宝ブーム、掘り出し物ブームがまだ続いてるようですけど、
チッヒーにとっては興味のない世界なんです。
刀の世界にも同好会のようなものがあるらしいのですが、
誘われても行く気がしないのです。
多分、「あれも知ってる」
「これも知ってる」
「あれはいくらだ」と、
自慢話のつまんない連中ばかりだと思うのです。
多分、そのようなところでは自分自身の感性は発芽しないと
思うし、自分で知り、学ぶという事をしなければ、例え、
手に取って名品を鑑賞する機会があっても、その名前に
手が震えて、見るべきところが見えない。
見きれないという事だって起こると思うのです。
自分にとって何が合っているかという事は、
人が決めるものではありませんから。
自分で見つけ、知っていけば良いのです。
先程、本物、偽物の話をしました。
本物、偽物の収集家だっているわけですよ。
物そのものの良さではなく、
「これはお金になる」とか、
「これは有名作家のものだから」
そして、「数多く持っていないと・・・」。
こんなのは偽者のコレクターでしょう。
自分の信じたものにとことんこだわって、数が少ないけど、
誰のかわからんけど。
そして、家族に迷惑を掛けないのが
本物のコレクターだと思います。
最近じゃ、本物より高い偽物、ガラクタやらショーケースの方が
高い品物までとデタラメですから、そこそこのところで止める心を
しっかりと持って欲しいもんですよ。
死んで持ってけるわけじゃないんだしね。
“あ~、それにしても、本当、友人がいないのね~”って
また思われそうなブログでした。
でも、いいんです。
1人の時の方が、色んな事を考えられるので。
でも、たまには外で運動とかした方がいいのかね~。
アウトドア的な事って、誘われた事ないんだよな~。
目の前でバーベキューやキャンプの話やら、海の話(計画)を
聴かされてて、誘われた事がない。
その理由は「海が似合わないから」
「山が似合わないので」。
等々、このまま一生アウトドアとは似合わない事を理由に
縁がなさそうだし、家に籠ってジジイのように刀を見て
過ごしたいと思います。あの世に行くまで・・・。
でも、見る人によっては、チッヒーの行動、家の中、キケンと
映るんでしょうね。
おまけ
(最後に、超本物コレクターのお話をしなければなりません。
失われゆく人類の文化遺産に対して、あらゆる分野において
私財を投じて博物館を作り、その保護と保存に力を注ぐのが
1番カッコイイコレクターかな。だって、私有せずに
一般公開するでしょう。)