« 粗略 | トップページ | 移ったけど場所はひみつ »

2007年9月 4日

チカッテホニャララ~

過去何回、あなたは誰に対して、何を誓いましたか?
振り返ってみると面白いもんですよ。

子供の頃から今のあなたに成るまでに、「コラッ」と大人に
怒られてシュンとしながら、「もうしません、ごめんなさい
とか「二度としません」とか、これなんかも誓うの部類に
入る事でしょうし、スポーツの得意な子は、何かの折に
宣誓!」とか右手を高らかに上げて叫んだりした事も
あるでしょう。
結婚の時なんかも誓いの言葉とか決められた言葉を
読み上げたりと、誓うという事が、何か最近は本当に
薄らいでいっていく感があるものです。
悪い事をしても、人を傷つけても、困らせても、誓ってと
言ったところでその場しのぎの茶番にしか映りませんね。

多分、耳に入り過ぎているのでしょう。
神に誓ってという人も、“本当にこの人の心の中に、
神(かみ)や佛(ほとけ)が居るのかいな”と思うような事ばかり。
むやみやたらにこの誓うという言葉を使い過ぎているのか、
普段から人々があまりにもいい加減で、目茶苦茶で、
どうしようもない嘘だらけだから誓うを使いたがるのか、
色褪せるのかを考えさせられます。

大昔の日本は、大人も子供も恥を知っていた。
恥ずかしいという心を持ってたものですよ。

人様に笑われる、御先祖様に申し訳がとか、
おてんとう様の下を歩けないとか。
そう、日本人の心の中にエンマ様が居た頃は、
誓うという言葉に、重みも責任も信頼もあったと思うのですよ。
嘘をつくと舌を抜かれるとか言うと、今じゃ確実に、お前の方が
嘘つきだとやられちゃいますね。
雷様だって言ったって、へそ隠すどころか、「ヘエーソー」。
高木ブーさんがあの格好をしても、「オニでしょう」と
言うのですよ。
コワイものが子供の心から消えてますね。
コワイもの、恐れるものが無い状態で大人になると、
もう嘘のつき放題、オンパレード。

ましてあんた、ケイタイ電話が出てからというもの、
待ち合わせに遅れる者供の、なんと多い事多い事。
今までは、5分前10分前には来てた人間も、何とか連絡がつく
ケイタイのおかげで、どんどん身勝手な遅刻者を増産しました。
昔は、ちゃんとその場所でその時間にご挨拶申し上げたのですが、
今じゃ、電話で「オクレマス、ゴメンナサイ」から話が
始まるのです。
まだ会っても居ないのに、変ですよ~ホントに!!
昔じゃ、誠意が無いとか、信用を自分で崩す奴とか、
ダメな人とか言われて相手にもされなくなってる筈なのに、
どういう訳か、今じゃこれが当然で、逆に“ウルサイ!”と
思われてしまうのです。
道理が通じない変な世の中にあっては、道理の1つ、
道徳の1つである、“約束”という誓いの言葉も
風化しちゃうんでしょうか?

“誓う”という字には、折るという字が入ってます。
その昔に、何かの大事な大切な約束の時に、何かを折った
という事らしいのです。

木の枝とか草とか、矢とかいう説もあります。
チッヒーは矢を信じたいですね。
“人をも殺す矢を目の前で折って、命の安泰を約束したのでは”
と思います。
そういえば、昔、鎌倉時代頃から、神社に戦勝を祈る時に、
矢に祝詞を結びつけて、「勝たせて下さい、勝ったら
これだけの事を神様にします
」という様な事を誓って
奉納する習わしもあるのですよ。

誓うって言葉は、そう簡単な心では使っちゃいけないものだと
思うのです。
同じ事を何度も繰り返したり、再婚、再々婚、再々々婚とかって、
どれだけの誓いが嘘である事でしょう。

そんな訳で、誓うという事を、もう一度よ~く考えてみて
下さいね。安易には使えなくなるでしょう。

そして、“使うからには信じるに値する人生にしなくてはね”
と、チッヒー思いますけど、いかが?

Photo










Posted by 石田千尋 一筆啓上 |