ニートやフリーター達よ、たまには老いを考えませう
人は必ず死にます。
焼かれます。
灰になります。
どんな人もそうです。
大好きな人も大嫌いな人も、良い人も悪い人も、
皆、最後は灰になっちゃうんですね~、焼かれればの話ですが。
なぜか人は死の事を考えると、
「ジイさんになって」とか、「バアさんになって」とか、
とっても甘ったれた未来を語り始めます。
何とおろかな・・・。
だってさ、事故で急にとか、不治の病でとか、
殺されたりとか、自殺とか色々あるけど、
いつ死ぬかって事はわかんないんですよっ!!
そんなにのん気に、チッヒーのブログ読んでるヒマも
無いんじゃないのっ!?
でも本が出たら買ってね、オネガイ♡♡♡
とまあ、本当に人はいつ死ぬかわからないんです。
チッヒーも去年運ばれました。
秘書の玉ちゃんにも連絡を入れず、
電話も家に置いたまま、
覚悟してピーポー車に乗りました。
友人がたまたま一緒に居たのですが、
「どうなるかわからんから、ここで帰ってくれ」と
言ったものの、「ついて行く」という事で
病院まで一緒に行ってくれました。
遺言状は毎年書き換えているので、
後は、現金と通帳と身分証と印鑑と、
着替えと短刀をカバンに入れて、
ピーポー車に乗りました。
何か妙に、スッキリした感じが一瞬ありましたよ。
まっ、そんな事はどうでもいいですけど、やはり自分の身に
あれだけの事が起こると、書くべき時、語るべき時に、
伝える事に、前にもまして色々と増えます。
今、日本に、ニートやフリーターやワーキングプアや
マンガ喫茶利用のホームレスが、どれだけ多く増えた事か。
政府も自立支援とか言って、スローガンやらキャンペーンやら
お金の無駄ばらまきで、やっているとは言うけれど、
実際どうでしょう。
さ~っぱりという所が本音ではないでしょうか?
私がよく読む本がマキャベリで、もう大昔の、中学・高校の時の
孫子と並ぶ二大愛読書なのですが、やはり書いてます。
国家に力が無くなる時は、無意味に巨大化した時だそうです。
政治のシステムも複雑化して、何をするにも時間が掛かるとか、
必要以上に国民から財産を奪うと、子供も少なくなって、
人は無気力になるとか書いてますよ。
おっ、話がそれかけ、
そして今の若者や労働者がどうだこうだといった所で、
どこにメスを入れなければいけないかという本質、
これをよ~く知っているのにメスを入れないずる賢い人々が、
自分の不利益になる事を拒み続けているからでしょう。
別に政府や役人だけじゃないんですよ。
子供を見て見ぬふりの親とか教師とか、
社員を正しく導く上司とか、
言う事を聴かない若者だって同じです。
皆、自分から、自分の責任からどっかで逃げてるんですよ。
自分を取り巻く現実を直視できないんですね。
あるニートの女の人、
「子供のままで居たい」「大人は汚い」
「けがれてる」「ずっとこのままがいい」。
チッヒーは意地の悪い質問をしましたよ。
「あんた、今、いくつ?」「後5年でいくつ?」
「後10年でいくつ?」「また10年経ったらいくつ?」
「そいでさっ、その年令の人って世間から子供って見られる?」
「電車とか半額でいいの?」「その年になると何て言われる?」
「・・・お・ば・あ・ち・ゃ・ん」やっと言いましたよ。
現実だって見せなきゃ。
甘えてられるのも、周囲に自分の肉親が居るからです。
何も身寄りの無い人だって頑張ってます。
人は必ずや老いてくんです。
お肉も、脂身は残しちゃうんですよ。
体も弱はります。
フリーターやらニートやらやってる子供、
いえ大人も居るでしょう。
ちょっと自分の現実的な未来を考えてごらんなさい。
また、家族にそういう人が居る人も、皆、甘えてるんです。
不平を言う前に考えてごらんなさい。
まず、この国に戦争が無いという事を幸せと思って
頑張ってごらんなさい。
1日1日の積み重ねが本当にしっかりと確実なものなら、
やがて、「あ~頑張って良かった~」と言える日が
来ると思います。
しかし、決して世の中を恨んではいけません。
どんな事も、自分の生活のあり方、積み重ねの甘さが作った
産物でもあるのです。
誰かのせいにして論争している時間があるなら、
自分の残された時間を、大切に、有効に使う。
それが老いるという事の1つだと思います。



