« 前回のつづきだよ~ | トップページ | 鯛まん »

2007年8月10日

困った困った

多くの悩みを抱えて人は生きています。
でも自分が生きている証でもありますし、生きてるからこそ
悩みがあるのです。
そして人は何か問題が出来ると、それをすぐに人のせいに
したり、何かの理由を見つけ出して、逃れようとします。


最近、政治家という職業の人がよく、「責任ある政治」とか、
「与党としての責任が」と言って居られますが、一旦、国民の
代表となって天下の政り事を行ふとなったからには、また、
その志があるならば、責任などというものは自然発生するものと
思うのです。
これは、何も政治家だけの話ではありません。
社長には社長の、社員には社員の、親には親の、また子供には
子供の責任というべきものがある筈なのです。
責任は誰にでもあるという事なのです。
要は、なんかの問題があった時に、その対処の仕方が
求められるのです。

政治家には政治家の責任の取り方があり、親には親の責任の
取り方があるのです。
優先順位と、我が身の置かれている所をしっかりと自覚して
居れば、世の中から笑われるような事は無いのでしょうが、
これを間違えると大変な事になるものです。

言って良い事と悪い事もあります。
某大臣は、「選挙に影響が」と言って職を退きましたが、
これなどは、責任の取り方としては後々までの語り種と
なるでしょう。
責任などは誰にでもあるものなのです。
その取り方を知っているか知らないかという事が、人をして、
何と言わしめるかに繋がるのでしょう。


責任を全うしようとした時や責任を感じた時、弱い心の人も
強い心の人も大抵は困ります。
責任云々の他、何かの問題が自分の人生に立ちはだかった時、
人は、老若男女、善人、悪人を問わず困るものです。

困るという字は、通行を妨げる木が路の前にある姿だそうです。
道は、人が自由に行き来をする天下の往来。
言葉も文化も、様々なものが手に入る所です。
そして口で囲まれています。
止められた上に、四方を囲まれているんですね。
本当に困ったもんです。

人は困った時に、恥ずかしいとか、変なプライドから人に
相談をしなくなったり、人のアドバイスすら耳に、いいえ、
心に入りづらくなります。

弱い心、強い心の人は、こういう時に人の意見が、自分の心に
入りづらいのですね。
素直な心を持って、人の忠告を心に入れる事が出来る人は、
その点でとっても幸せです。
心の支えだって、人からの一言で出来るものです。
困った時という難解な時ほど、多くの人の意見に耳を
傾ける時なのです。


困るという現実は、自分が人の意見を聴けなくなった時から
始まるのです。

困る前に、相談をしましょうね。

Photo










Posted by 石田千尋 一筆啓上 |